かなりカッコイイっす!!
大坂城(大阪城、古くはおおざかじょう・一般にはおおさかじょうと読む)は、摂津国東成郡大坂の地にあった安土桃山時代から江戸時代の城である。
別称は金城あるいは錦城で、大坂が近代に大阪と表記するように改まったために、現在は大阪城と書くことも多い。豊臣政権の本城であったが、大坂冬の陣で焼失し豊臣氏が滅亡した後再建され徳川幕府(朝廷から下された官職は征夷大将軍)の関西ないしは西日本支配の拠点となった。したがって、しばしば大阪の人がいう『太閤さん(豊臣秀吉)が建てた城』というのは正確には間違いである。
城址は現在の大阪市中央区の大阪城公園。名古屋城、熊本城と共に日本三名城の一つ。
終戦後、城内の陸軍用地が進駐軍に接収され、1947年に米軍の失火により紀州御殿が焼失した。
1948年の接収解除後は建物の修理が進められ、外堀を含む広域が大阪城公園に整備された。しかし、1950年のジェーン台風によりまたもや損傷を受けたことから、本格的な補修事業が開始された。あわせて学術調査も行われ、1959年には地下から豊臣時代の遺構が発見された。本丸内の陸軍師団司令部の旧施設は一時大阪府警本部の庁舎(後に市立博物館)として使用され、石垣に囲まれた一角では拳銃の射撃訓練も行われた(大阪府警の射撃場は公園内玉造口付近に現存)。工廠跡は、長らく放置され、残された大量の鉄や銅の屑を狙う「アパッチ族」が跳梁し小松左京や開高健の小説の舞台ともなった。
1983年には「大阪築城400年まつり」に合わせ、JR西日本大阪環状線に「大阪城公園駅」が新設され、大阪城ホールも開館された。残されていた工廠跡にも次々と大企業のビルが建ち並び、城の北東側に「大阪ビジネスパーク」が出現した。
復興天守閣は現在も健在であり、大阪市の象徴としてそびえ立ち、周囲には大阪城公園が整備されている。
2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(54番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。
2007年、大阪城の不動産登記に関して、建物としては未登記であり、登記上の土地の所有者は旧陸軍省であるということが判明した。実務上は、建物の所有者は大阪市であり、土地は国からの借用であるということになっている。
(以上、ウィキペディアより引用)
かつては大坂城と言ったみたいですね。
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